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カテゴリ:雑感( 27 )

良いお年を!

あっという間に1年が過ぎ、来年はもう平成も終わろうとしています。
ほんとうに、時間の過ぎるのが速いこと❗️

今年は仕事量をちょっと減らして、のんびりペースの1年でした。
あちこち楽しい旅行も出来て、新しい世界も楽しみも拡がって、そういう意味ではとても実りある年でした。


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サントリーニ島@ギリシア

人生でこんなところに来る日があろうとは思いもよらなかった(笑)。 
かなり非日常的な風景の連続でしたが、ここにも確実に毎日を生きている人々がいるわけで。


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かと思えば、一瞬にして火山灰に埋まってしまったポンペイの街や、ほとんど神話に通ずるパルテノンの神殿や、世界は広い、そして深い。
この年にしてしみじみ感ずる旅もありました。


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ベトナムの市場では、活気と生命力。
人は、いのちを食べて生きているんだと実感します。
パッケージングされた食べ物には感じられない圧倒的なチカラです。


仕事では、去年は絞り強化年間でしたが、今年はお花強化だったかな?
私はもともと製菓からシュガークラフトに足を踏み入れたせいか、いつもどこかで「だって食べ物だから」という気持ちが抜けきれず、そんなに繊細にそんなにリアルに作る必要性を理解できないでいました。

今もやっぱり必要性は見出せないのですが(笑)、追求して作るという行為の有り様は、ちょっとわかる気がしてきました。
わかった頃には細かいものが見えなくなり、手も思うように動かなくなっているという悲しい現実もありますが、でもやっぱりわかって良かったかな。


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香港と台湾で習ってきたお花たち。
習ったことを完全に自分の中に取り込むには、時間がかかります。
素材の違いや温度、湿度など環境の違いを考えながら試行錯誤する。
そんな工程のいろいろを、また様々な形でアウトプットできるように励んでいます。


そんなこんなで暮れていく2018年。
新しい年がまた、楽しいことのある年でありますように。
それには元気でいなくちゃね。


今年もいろいろお世話になりました。
2019年が、皆さまにとって良い年でありますように。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。



by cssucre2 | 2018-12-31 16:03 | 雑感

太陽の塔

8月末から今月半ばまで、身内の用事で大阪に行っていました。
毎日バタバタと忙しくてアワアワでしたが、3時間ほど外出して、太陽の塔の内部公開に行って来ました!

元はというと6月頃のこと、お稽古に来てくれている生徒さんが、9月に家族旅行で大阪に行くので、太陽の塔の内部公開に申し込もうと思うんだ〜。と言うのです。
ちょうど私もその頃は大阪のはず!
えー!私も一緒に行く〜!一緒に申し込んでーと、すっかり生徒さん家族旅行に便乗です。(なんちゅう先生よ😅。)

私は大阪出身ですので、万博にも何度も行きましたし、もっちろん当時の太陽の塔にも登りました。
当時小学6年生だったのですが、太陽の塔の下に広がるお祭り広場で行われた、ガールスカウトの世界ラリーにも参加しました。ちょうど日本のガールスカウトが発足25年で、シルバージュビリーでした。

大阪万博は、いろんな意味で私の中では大きなエポックでした。
子供から大人になりつつある転換期でもあったし、世界に目を開かれた機会だったし、万博をきっかけに整備されたインフラによる様々な恩恵(当時は気付いていませんでしたが)もあり、私の小さな世界も大きく変化したと思います。


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エキスポランド(遊園地)もいつのまにかなくなって、太陽の塔を見るのも久しぶり。
内部は撮影禁止だったので、画像がありません。

中は、当時のままの生命の樹に、進化を辿るオブジェが展示されています。
オブジェのパーツは、当時のままのものもあるし、傷んでしまって新しく作ったものがあるそうです。
どれが当時のものなんだろうと思って、係員の20代と思しきお兄ちゃんに尋ねると、いろいろ丁寧に教えてくれました。

「私は万博の時にもここに来ましたよ」と言うと、「ええっ!」とひどく驚愕して、まるで幽霊でも見るかのような反応😅。
いや、あなたからすると前世紀でしょうが、48年前ならまだ充分生きてますってば(笑)。
私は子供でしたが、すでに大人だった親世代も、まだ生きてます。

私は子供でしたからね、あれから長い時が経ったことは認識していますが、母(現存)からすれば、そう昔のようには思わないんじゃないかな。
10代から20代への変化は大きいけれど、その後って、そう大して変わらない気がします。
指折り数えてみれば、40年くらいすぐなのよね…。怖いわー。
中身は全く成長していないし💦。


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記念にマスキングテープを買いました。
あと、お土産にキーチェーンも買った。


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万博公園の売店の店先にガチャガチャがあって、やってみたら太陽の塔が出た‼️
ので、夫へのお土産にしたら、組み立てて、なんかのケースに入れてます。ちゃんと閉まってない(笑)。
チョコエッグでお馴染みの海洋堂製で、なんとシリアルナンバー付きの認定証が入っていました。た、大層な…。

あの大きな台風が去った後で、万博公園もクローズしていて、太陽の塔の見学予約者しか入れませんでした。
園内も、大きな木がメリメリと折れたりしていて、枝や伐採した木は集められていましたが、まだ整備中の様子でした。

太陽の塔は一時、撤去の話もあったようですが、ずっと残して欲しいな。
そして、岡本太郎はやっぱり凄い。
半世紀経っても、全然古くない。迫るものがあります。
太郎ちゃんマステ、どこに貼ろうかなぁ。




by cssucre2 | 2018-09-26 11:19 | 雑感

実験いろいろ

このところいろいろ、実験をしています。
実験好きなつもりはないのですが、あれやこれややっていると結局、もしや実験好きなのか⁈と(笑)。

昔、なーーーんにもわからないまま、闇雲にケーキを作っていました。
うまく行かなかったり、たまにうまく行ったり、またうまく行かなかったり。
そんな失敗をたくさんたくさん繰り返したのち、機会を得て製菓学校の通信科に入りました。

若かったですからね(笑)。
送られて来るテキストを丸暗記の勢いで読み、レポートもしっかり書き、公衆衛生学と衛生法規以外はどの科目も、とてもとても楽しかった‼️
目が醒めるようなことばかりでした。

それまでボンヤリと、何故?どうして?と思っていた事柄には製菓理論というものがあることを知り、作業・工程の全てには意味があるのだと理解しました。
以来、製菓理論の面白さに目覚めて(笑)、いろんな本を読みました。わかりやすい一般向けから、わかりにくい専門書まで。
今みたいにネットの情報なんてなかったので、ある意味正しい情報ばかり得ることが出来たかもしれません。
好奇心だけで進んでましたが、理論の重要性を痛感し、私は意味のない工程はしない。その代わり、大事なことは手を抜かない。と決めました。
それは今も、生徒さんたちにうるさがられながら言い続けています。

そのひとつに『データを取る』ということがあります。
スポンジなら、日時(気温の参考になります)、予熱温度、焼成温度、焼成時間、結果と気づいたこと、だけでいいから書いておいてちょうだい。と。
データと出来たものがあれば、うまく行かなかった時のアドバイスも出来るのですが、単に「うまく行かない〜!」では答えようがありません。

なので私自身も、必ずデータは残します。
データは1冊のノートに、製菓やシュガーなどのジャンル関係なく時系列で書いていきます。
ちゃんとモノになったら、それぞれのノートに完成レシピを書くようにしています。
チョークもそんな風に、1年ちょっと掛けて(ずっとやっていたわけではありません。少しやってはダメだーとお休みしたりね。)完成しました。

このところは、やわらかレース。


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チュールみたいに見える、やわらか〜いレースが出来ました。
シュガーをしている方々にはお馴染みのレースですが、これは時間が経ってもパリパリに乾きません。柔らかいままです。
もちろん食べられますよー。
美味しいか?と聞かれると、うーん🧐…、イマイチかなぁ(笑)。
うす甘い、これなんだ⁈的な味です😅。



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その辺りに置いてあるケーキに引っ掛けてみたら、ちょっといい感じ〜💕。
花嫁のお人形さんを作って、ベールにするといいかもー。
透け感があります。


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もうひとつは、布のようにみえる食べられるシート。
こちらも柔らかくて、こうやって包んだり出来ます。

さぁて、素材はほぼほぼ完成したのですが、これらをどんな風に使おうか? それがこれからの課題です。

うまく行かなかったことをあれこれ考えて、あーでもないこーでもないと試行錯誤して行く過程が楽しいんですよね〜。
学生時代、仮説を立てて、それを検証するための資料を探すのに日がな一日、図書館でカードをめくっていた日々を思い出します。
今やっていることとは全く無縁のジャンルで、当時学んだことはちっとも役立てていませんが、あの日々も無駄ではなかったんだなぁと思えます。

素材が出来ちゃうと、すっかり興味をなくす私の悪い癖(笑)。
もうちょっとブラッシュアップして、レッスンできるように頑張ります。

……。
頑張れるかな?(笑)
ガンバロウ❗️



by cssucre2 | 2018-08-04 11:15 | 雑感

ウィルトンスクール、再び。

先月のこと、アメリカ・イリノイ州に半月、滞在しました。
シカゴ郊外にある、ウィルトンの本部スクール。17年前、初めて来た時に取ったコースをもう一度学びたくて、行って来ました。 

ウィルトンのケーキデコレーティングに初めて出会ったのは、1980年代の終わり頃。
製菓道具を求めて行った合羽橋のあるお店で、たまたまレジの隣に積んであったウィルトンのイヤーブック(カタログ年鑑)を、表紙のケーキが可愛くて、ついでにこれも!という感じで買いました。
帰りのあずさの中でページをめくるたび、ワクワクどきどきが止まりませんでした。

当時はもうお菓子教室を開いていて、この先どういうふうに仕事をしていこうか、子どもたちもまだ小さく、頼りにしたい双方の実家も遠く、いろんなことを考えて、迷い、躊躇い、でもやっぱり自分でケーキの仕事をやっていきたいと感じていた頃でした。
ウィルトンのカラフルでポップなケーキを見て、パアアァッと新しい世界が開いたのを憶えています。
その時からずっと、いつかウィルトンの本拠地のスクールに行ってみたいと思っていました。

それから10年余後、2000年のことです。
やっとやっと来られたウィルトンスクールで、自己紹介のときに拙い英語で、「ここに来るのがずっと夢だった」と言った記憶があります。
2週間のレッスン中、英語がわからなくて困っていたらクラスメイトが助けてくれ、面倒を見てくれました。本当に有り難かった。
小さかった子どもたちは高校生になり、夫と一緒に留守を守ってくれました。

あれから17年。 

その時レッスンして下さったサンディ先生が、今も現役で今回もレッスンしてくれました。

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前回よりはお年を召されましたが(私も年をとったよ(笑))、朝7時前から爽やかな笑顔でレクチャーしてくださいます。
いやー、すごい体力!

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スクールは、とても大きく綺麗になっていました!
もともとあったショップとクラスルームに加えて、3倍くらいになったんじゃないかな?
廊下の壁にはウィルトンの歴史がディスプレイされています。

2006年にも、ゲスト講師のコレット・ピーターズ先生のクラスを受けにきました。
コレットの、奇想天外なケーキデザインが大好きで、一度でいいから会いたい!という、かなりミーハーな動機でした。
当時コレットは大人気で、クラスは速攻sold out!
私は3年くらい、キャンセル待ちに登録しては、時期を見て取り下げる(なんせ急に言われても行かれないですもん)ということを繰り返していたのですが、その年はうまく申し込めて、念願のクラスでした。
教わる内容は全然奇想天外ではないのですが、デザインを描いてコレットに見せます。
ここをこうしたら?というようなアドバイスはなく、何をどう考えたか?というようなことを聞かれて答えているうちに、どんどん自分の中からデザインが湧き出てくる感覚がありました。とても不思議。
これが、各々の持つ力を引き出す指導力ってものかなぁと感じたことを憶えています。

数えてみたら、それから11年。……11年⁈
怖ろしい…。月日は何という速さでしょう。

マスターコースはとてもハードで、メインのパイピングに、アディショナルのガムフラワーとフォンダンを付けたので、朝7時から夜7時までの12時間レッスンです(^_^;)。
夜明けとともに登校し、帰る頃には日が暮れています。
でもね、本っ当に楽しいの。

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これは登校時の朝日。

朝から絞って絞って絞って、さて、そろそろお昼かなぁ?と時計を見たらまだ9時半くらいだったりして、思わず脱力してしまうのですが、コーヒーを飲んだり、おやつを食べたりしながら(そのあたりはアメリカなので、とっても自由です)、また気を取り直して絞る(笑)。
なーーーんにも考えずに、ずーっとそんなことをしている時間は、至福のときです。
ああ、こんなに楽しめる好きなことがあって良かった!とつくづく思います。

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これが、パイピングクラスのmy projectです。
ダミーの大きさが決まっていることと、すべてをアイシングとパイピングテクニックで仕上げること、がお約束です。
2週間の間の週末に、デザインを描くホームワークが出て、月曜日にサンディに見てもらい、朝の練習時間にお花などのパーツを絞って作りためて行きます。
木曜日に一気に仕上げる感じ。

作ってる間じゅう、楽しくて楽しくて、あー、ここはもうちょっとこうすればよかったな〜という部分もありますが、とにかく楽しい!
作品を作るって、こんなに楽しかったかなぁと、改めて思いました。
いつもは、サンプルだったり習作だったり、なにか「作らなくては」という縛りがあるものですが、気の向くまま、思いつくままに作ることの楽しさったら‼︎

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ボードに、トップデコレーションの練習をしたり、

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これはリアルケーキ(本物の食べられるケーキです)。
サイドはサンプラーになっています。

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フォンダンのサンプラーボード。
とても大きい(笑)。

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フォンダンクラスのリアルケーキ。

あと、ガムフラワーも作りました!

作品はすべて、現地に置いてきましたので、なーーんにも持って帰ってきていません。

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クラスルームの棚に、同じく置いて帰った仲間たちの作品と一緒に、飾って貰っています。
しばらくは、この教室でレッスンする人たちに見てもらえるかな。

修了式のあと、クラスメイトたちと一緒にシカゴのダウンタウンに行きました。
みんなで、シェフコートを着て写真を撮るために(笑)。

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なんちゃらいう名所よ(おいおい)。

帰ってきたら一気に現実に引き戻され、翌日からレッスンが始まりました。
身体はすごーく疲れたけど(最初に行ったときより年も取りましたしね)、気持ちのパワーはとても元気になりました。

今回の滞在は、最初にウィルトンに行ったときにクラスメイトとして知り合った友人宅に泊めて貰いました。
そのお話もまた追い追い。
山盛りにたくさん楽しい話があります。

ああ、また行きたいなぁ。また行かれるかなぁ。
そう思うと、がんばろっ!という気持ちになれます。
人間、目標というか夢というか、なんでもいいけど希望を持つって大事だね。
いくつになっても、やりたいことを持っていられたらいいなと思う、今年の秋です。



by cssucre2 | 2017-10-19 00:28 | 雑感

靴屋さんのこと

毎朝、NHKの連続ドラマを見るのが習慣になっています。
朝ドラの『べっぴんさん』を見ていたら、今週は靴屋の麻田さんの話で、小さい頃のことを思い出したり。。。やだわ、年かしらね(笑)。

私が幼い頃、父はいつも靴屋さんで靴を作ってもらっていて、私はくっついて一緒によく行っていた。とは言え、私自身はさくらちゃんみたいに靴を作って貰ったことは、残念ながら一度もない。
父は靴を誂えていたけれど、別にお洒落だったわけでもお金持ちだったわけでもなく、たぶん足が小さかったからだと思う。当時は既製品の靴のバリエーションが少なくて、合う靴がなかったんじゃないかなぁ。
実家は紳士服屋だったので、ぴたりと身に合った背広はおそらく父には制服のようなもので、それに合った靴も必要だったのかもしれない。

父の御用達(笑)の靴屋さんは、アサヤさんのようにカッコ良くもなく、おしゃれな店でもなかった。作業場と一体化したような小さな店で、頼まれて仕上がった靴と、靴墨やブラシを申し訳程度に並べていただけのような靴屋さんだった。
机の上にはいつも、逆さまになった足型やいろんな切れ端の(にしか見えなかった)革があった。
父は靴を頼みに行く時以外も、よくそこに行ってお喋りをしていた。私はそれにくっ付いて、何をするともなく、靴作りの道具を眺めたり、革の切れ端を拾ったりしていた。
靴屋のおじちゃんは、父と同じくらいか少し年上だったかも知れない。いつも指先が黒くなっていた。そして髭面だった。

小学校にあがる少し前、一度だけ、ひとりでその靴屋さんに行ったことがある。
生まれて初めての腕時計を買って貰って、嬉しくて、それをはめてあちこち歩き回っていたのだった。
顔見知りの靴屋さんの前を通ったので、「おっちゃん、見てぇ」と自慢気に腕時計を見せたら、「ひゃあ、嬢ちゃん、よろしなぁ。こんな時計持ってはるの、嬢ちゃんくらいでっせ」と大仰に褒めてくれた。

私は商店の子だったので、近所の人々は私がどこの子かを知っている。
でも、名前までは知らなかったり、憶えていないことが多く、そのときは一様に「嬢ちゃん」という呼び名で済ますのだ。
靴屋さんは商店街から少し外れたところにあった。商店主は、屋号で呼ばれることが多い。本当の苗字を知らないことも少なくない。
父と一緒にしょっちゅう行っていたせいか、私にとって靴屋さんは、屋号ではなく「Mさん」という名を持つ人だった。でもMさんにとって私は、名前を憶えていない「父の娘」でしかなかったらしい。
幼いながら瞬時にそれを悟って、時計を褒められた嬉しさとともに、少し淋しくなったことを憶えている。

学校に上がるともう、父と一緒に靴屋さんに行くことはなくなり、そして気づいたらいつの間にか靴屋さんはなくなっていた。
移転したのか、店を畳んだのか、誰にも聞かず終いである。私自身もずっと忘れていた。
なのに、今週のアサヤさんのシーンで、もう半世紀以上も前のことを突然はっきりと思い出す。しかもそのときの感情まで。人間の記憶って、なんて不思議なものだろう。
子どもの頃の記憶を素直に懐かしいと感じられるのは、人にとって何よりも幸せなことだ。そんな記憶を与えてくれた親や周囲の人たちに感謝しなくてはと、この年になってつくづく思う。



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これは、ドラマでの『キアリス』のモデルである『ファミリア』のベビー食器。お皿とボウル。私の子どもが小さい頃使っていた。
2年ほど前に食器棚の奥から出てきて、親となった昔の持ち主に送った。カップもあったはずなのに行方不明。
送る前に記念にと携帯で撮った画像なので、真俯瞰に重なっていて良くわからない。もうちょっとちゃんと撮っておくんだったわね。今度子どものところに行ったら、撮り直そう。

ふと思いついて、ファミリアの食器を検索してみたら、形は変わっていたけれど、クマやヒヨコの柄は今も同じだった。すごい。
いいものは使い続けられるということだね~。
私の作るものは、食べてしまえばすぐに消えてしまうものだけれど、そうね~、配合は残るね。
何十年か経っても、作りやすくて美味しい配合は、私のノートにいくつあるかな?
そう考えると、身の引き締まる思いがする。
まだ遅くはないね。そんな配合をひとつでも多く残せるようにガンバロウ。





by cssucre2 | 2017-01-11 01:05 | 雑感

今年もどうぞよろしく

新年、あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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……って、もう5日も経ってんじゃん。
と思われたでしょうが(^_^;)、まぁお休み期間はアクセスも少ないので、ちょうどいいのよ(笑)。

年末年始は、大阪に行ってきました。
あべのハルカス、見てきたよ~!
なのに、口を開けて見上げてたら、肝心の写真を撮るのを忘れてしまいました。。。
阿倍野は、小さい頃からお買い物によく行ったし、学生時代は学校が上町線沿いだったので、休講になるとチンチン電車で遊びに行ったものです。
あの頃、きれいなパステルカラーに白い雲の絵の車両でね、可愛い電車だった。
その路面電車はまだ健在ですが、道路の両側の変わったことと言ったら…!!
はぁ~~、アベノって、キタやミナミに比べると、ちょっと負けてる?って感じだったのに、いろんなものがどんどん出来て、今や注目スポットだよ-。
ハルカスは、展望台はまだオープンしていないらしいのですが、オープンしたら上らなくっちゃ。高いとこ好きだから(笑)。

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そのハルカスで、パンケーキ食べたよ。
パンケーキは、ここんとこトレンドだからね。
クリームが軽くて~、乳脂肪の低脂肪クリームを、ホイッピングマシーン使って立ててる感じ。おいしかったよん♪ めっちゃお腹いっぱいになった。
今年は、カップケーキが来る!と、これは個人的な願望です(笑)。

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ハルカスの向かい側に、彌生ちゃんの絵を見つけて、何だか懐かしく?なって、撮ってみました。
ああ最早、私の郷里は松本なのかも。
とか言いつつも、やっぱり大阪は面白い。
東京ほどおすまししていなくて、がやがやワチャワチャした感じが、街を歩いていると言い様もなく懐かしいです。

さて、2014年が始まりました。
去年はウィルトンクラスをスタートして、頭も身体もフル回転させるという慣れないことをしたので(^_^;)、ちょっと大変でしたが、お陰でいろんな出会いがあり、また新しいことが出来そうです。
ウィルトンのテストを受けるに当たって、あまりの自分の記憶力の低下に驚く!という新発見もあったし(笑)、だんだん年を取ってきて、漠然と感じつつもスルーしてきた事実を確認したので、改めて自分の出来ることと出来ないことを整理しつつ、今後の傾向と対策を模索していくつもりです。
長いこと製菓とデコレーションをやってきて、自分のしたいことは集約できてきましたので、それらを楽しみながら、後進の若い人たちのお役に立てればいいなと思うようにもなってきました。はあぁ~、マジで年取ったのかも(笑)。
でもねー、若い方たちが頑張っているのを見るのは眩しいし、もしなにか役に立てれば嬉しいじゃありませんか。

今年はねぇ、のんびり行くよ。そして楽しいことをいっぱいするつもりでいます。
どうぞ本年も、ゆるゆるとお付き合いのほど、お願い申し上げます。


by cssucre2 | 2014-01-05 15:47 | 雑感

ご縁

もう先月のことになります。
12年前に、シカゴのデコレーションスクールで知り合ったフランが、日本に来ました。
今回は、息子、娘(ふたりとも大人)と一緒に、5日間の滞在でした。

息子のマットは、アーミーの関係で日本に住んでいたこともあり、その後も何度か来日したりで、かなりの日本通。
日本語も、私の英語より上手いんじゃないか?と思うほど。
今回は日本が初めての娘・ジェスに、フランと両親(ジェスにとっては祖父母)の思い出の地を見せてあげたいという目的の下、横浜・鎌倉・箱根を訪れたいという希望。
うーん、信州まで来て貰うには、ちょっと日程がタイトすぎる。。。。
まぁ、あまり無理なスケジュールは大変なだけなので信州は諦めて、夫にドライバーを頼んで、一緒にのんびり回ることにしました。
これがホント正解よ~。
なんせ、いろいろ喋るのも説明するのも、考え考えですからね、時間の掛かること夥しい。
それでも私のアレレ?な英語、伝わっているんだかいないんだか…。
夫の英語は、私よりはるかにマシですが、女どもと興味の対象が微妙に違う(笑)。

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ほらね、鎌倉っちゃー、ここよ。
美男におわす大仏さま。
お賽銭の5円玉を、日本では「ご縁」に掛けるんだと言うことを説明するのが大変!
苦し紛れに、tied ribbonなんて言ったけど、自分でも意味不明。
ああ、早く、ちゃんと使える音声同時翻訳機が出来ないかなぁ!←あくまで他力本願(笑)。

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ジェスはバッグに、赤白ストライプのTシャツを入れていて、あちこちでササッとそれを着ては写真を撮って貰う。
これはなんですか、「ウォーリーを探せ」のwebナントカがあるらしくて、そこにアップするんだそう。
世界中あちこちで、こんなことやってる人がいるとはね。

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そしてちょうど時期だったので、アジサイの長谷寺です。
平日なのに、アジサイ散策路に入るには45分待ちです。TDR並みだわー。
フランとジェスは二人して、一生懸命お花の写真を撮っていました。
その様子を撮るのは、うちの夫(笑)。

梅雨のさなかだし、天気予報も雨と言ってたよ~と周囲に言われつつ、でも私は「晴れ女」ですからね。
何の根拠もなく、自信たっぷりに大丈夫!と宣言したとおり、

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まぁ晴天とまでは行きませんが、なんとか富士山も見られて、面目躍如(笑)。
以前、フランのうちに半月の滞在中、雨がほとんど降らなかったときから、私はsunshine girlと呼ばれているのよー。

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お約束?の黒たまごを食べ、

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フランと両親の思い出の富士屋ホテル。
ちなみに私は、箱根が初めてだったのですが、フランはなんと3度目。
どういうこっちゃ?
でもまぁ、フランはグランドキャニオンには行ったことがないと言っていましたからね。
そんなものかもね?(笑)
温泉にも入り、ジェスは最初、「え?裸なの?!」と驚いていたにもかかわらず、気に入ったらしく、朝も母子で入っていました。
温泉、気持ちいいもんねぇ。

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東京タワーから、スカイツリーも見ました。
でも、日本であんなに話題になっていたのに、知らなかったみたい。
まぁ余所の国の平和な話題って、案外スルーなのかもね?

フランは、スクールでクラスメイトになったとき、私が日本から来たと知ったらすぐに、「私は日本で生まれたのよ」と自己紹介してくれたのですが、彼女の両親が戦後、進駐軍として日本に駐留していたときに横浜で生まれたとのこと。
アメリカに帰ったのは赤ちゃんのときだったけれど、18歳のときに両親と一緒に日本に来たことがあると言っていました。
そんな「袖すり合う」程度のご縁だったのに、なぜかその後も交流は続き、フランの家にステイさせて貰ってデコレーションスクールに通ったり、一緒にアメリカ西部に向かってのドライブ旅行に行ったりと、多大なるお世話になっています。

「縁」って不思議だなぁと、ときどき思います。
地球に今、何億人いるの?60億くらい?
その中から、一人の人間が一生のうちに知り合う人って、一体何人いるんだろう?
知り合っただけで、そのまま分かれてしまう人もいるし、学生時代に仲が良くても、卒業後は疎遠になってしまうこともある。
だいたい、大勢の中から偶然巡り会うことさえ僅かなのに、遠く離れた地で生活しながら、こうして何度も会えるのは「ご縁」があったとしか思えません。
これが神様?仏様?どなたかの恵みだったとしたら、本当に有り難いことです。

もちろん、こんな遠くにいなくても、今、私の近くで親しくしてくれている人たち、通ってくれている生徒さんたち、みんなそれぞれにご縁があったわけで、思えばそのひとつひとつが有り難いことです。
同じ時代に生きていることすら不思議なことだし、何かのきっかけで知り合うことも不思議なこと。
人生は不思議なことだらけです。

でも、せっかく結ばれたリボンは大事に、できるだけ丁寧に扱って行かれたらなぁ。
なんせ元々が粗忽な人間ですから、ついついぞんざいなことをしてしまうのですが、そろそろいい年になってきたし、少しは襟を正していこうと思いました。
男前の大仏さまには、5円玉でお賽銭を上げましたので、また新たなご縁を結んでくれるかしら?

by cssucre2 | 2012-07-10 11:43 | 雑感

おうちでお菓子作り

あっと言う間に桜の季節が過ぎ、これから一番いい季節になりますねー。
私は先週から身内の家事手伝いに、アウェイで九州に来ていますよん。
うちの近くの桜は、先週まだほころび始めたばかりで来たのですが、到着したこちらでは、もう終わってしまっていました。
で、今年はお花見が出来なかった(泣)。
でも、友人が松本城の桜画像を送ってくれました。

家事の合間に、テキスト作りとか、ちょっとだけ仕事していますが、まあ大したことないので結構のんびり過ごしています。
バターと生クリームは1本ずつ持ってきた (!) ので、久しぶりに仕事でないお菓子作りなんかもして、いや~、気ままにお菓子作るのって楽しいわー(笑)。
パフケーキを作り、プリンを作り、苺大福を作り、パンナコッタを作り、栗どら焼きを作り、チョコのサンドケーキを作り、バナナマフィンを焼き、さっきパート・ブリゼを仕込みました。
ええと、ご飯も作っていますよ。
もちろん、仕事でお菓子を作るのも楽しいですが、この配合はどうとか、写真を撮らなきゃとか、そーんなこと何にも考えないでテキトーに、ある材料で何が出来るかなー、と考えて作るのは、本来のおうちのおやつという気がします。
なので写真がないぞ。
少しくらいは撮っておけば良かったかなぁ。

そうそう、角砂糖デコレーションもしました。

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小さい桜の口金しかないので、口金を使わないで、コルネだけで出来る絞りを中心にしました。
まぁ、口金が色々あれば楽しいですが、ないならないでナントカなるもんだ。
こんな小さな角砂糖に絞る分には、かえって口金がない方が楽かも知れません。
取り敢えず、先端を細くカットしておいて、絞るプレッシャーの掛け方で、細くも太くも出来るし。
スタンドミキサーはもちろんないので、アイシングも手で練って、道具も最低限あれば、なんでも出来るものですね~。

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今の私のキッチンは、一応仕事ですから(笑)、製菓の道具はなんでも揃っています。
材料も基本的なものはだいたい、ほとんど揃っているし、手を伸ばせばすぐに届くところになんでもある。
そんな環境の中でお菓子を作っていると、それが当たり前で、揃っていなくては出来ないような気になってしまいます。
でも昔、小さなキッチンで、不自由しながらお菓子を作っていた頃のこと、でも、それが本当に楽しかったことなど思い出しました。
おうちで作るお菓子の醍醐味って、そういうことじゃないか。
この嬉しさ、楽しさを伝えたいなぁと、心から思います。

お菓子は、簡単な材料で気軽に作れるものがたくさんあります。
工程もシンプルで、おいしいものがいっぱい出来る。
でも、工程がシンプルなものほど奥が深いし、丁寧に上手に作ったものは、シンプルなものほど違いが出ます。
おうちのお菓子は、そういうものだね。
これがうちの定番お菓子、と言えるものを作って貰えるように、いい配合を作るのが私の役目ですね。
ようし、ガンバロウ。

たまに仕事を離れて、こういう時間を持てたことは、いろんな意味で貴重な機会になりました。
いやぁ、人生って楽しいねぇ。

by cssucre2 | 2012-04-29 12:02 | 雑感

安井さんのこと

土曜日の夜、出先のホテルで何気なくTVを見ていたら、安井寿一さんのことをやっていました。
とてもとても懐かしい名前。
安井寿一さんと言えば、今はなきホテルプラザの製菓長。
今だったら、シェフ・パティシエなんていうんだろうけれど、安井さんにはやっぱり「製菓長」という名前が似合う気がします。

私は知らなかったのだけれど、日本で初めてチーズケーキを作ったのは安井さんだったらしいのね。
万博の前年、大阪に赴任してきた安井さんが、ドイツのケーゼクーヘンのレシピを見て、いろいろ試行錯誤しながら作り上げた、という話です。
ひとつのお菓子を作り上げていくまでには、いろんな山あり谷あり。
あれこれ試して考えて、また試して、ということを幾度となく、今も私もやっています。
そのせいか、なんだかしみじみと胸に感ずるものがありました。
この頃はお菓子教室もたーーくさんあって、しかも専門のケーキ屋さんが開く菓子教室も、パティシエの書く本もいくらでも手に入る時代です。
材料もネットでちゃちゃっと検索して、ボタンをぽちっと押せば、あっと言う間に届くし。
試行錯誤なんてあまりしないでも、マニュアル通りに作ればソコソコのものが出来ちゃう。
なんていい世の中になったんだろう!と思うと同時に、こんなに苦労しないでいいのか?なんて、ちょっと思ったりするのは、もうトシヨリってことかしらね?(笑)

1970~80年代にかけて、私は安井さんの本にたくさんお世話になって、お菓子作りの楽しみや難しさを学んだ気がします。
私が小さい頃、デコレーションケーキといえばバタークリームのもので、ピンクと白のバラが載っていて、アラザンがパラパラと振りかけてありました。

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なんと、これは私ですのよ。
私にだって、こんな可愛いときがあったのさ(笑)。
1962年、まだ東京オリンピックの前よ~。
アルバムに、糊で貼り付けてあったのでアルバムごとスキャンしました。
かなりわかりにくいですが、バタークリームの上に(たぶん)赤いドレンチェリーが載っています。

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これはその翌年、兄の誕生日ですが、チョココーティングのケーキです。
子供はチョコが好きですからね。
そして、大きくなってくると自己主張が出てきてリクエストするので(笑)。
スポンジ台をうすーくバタークリームで覆った後、洋生チョコ(コーティングチョコ)を掛けたやつです。
今もあるのかな?懐かしい。
お誕生日のプレゼントは、地球儀だったらしい。

60年代はこんなケーキばかりだったのに、1970年、万博と同時にケーキが激変しました。
まず、冷蔵設備・輸送が充実されたせいか、生クリームの苺ショートが現れた!
そして、なんだかお洒落な、ほそーい線のチョコで絵や字を描き、色とりどりのジャムで飾った、いわゆる平面仕上げのケーキを売るお店が出てきた!
70年代になると私達も大きくなったせいか、誕生日の写真がありません。
大きくなって、写真を撮らせなかったのかもね?
まぁそんなもんよね。
今の私は自分の写真より、ケーキの写真がないことのほうが残念だけれど。

自分でお菓子の本を買うようになった70年代後半以後、このデコレーション、可愛いな、素敵だなと思うと、そこには必ず安井さんの名前があったことを憶えています。
安井さんのケーキは、空間をうまく使っていて、それでいてスタイリッシュ過ぎない、なんだかふんわりとした優しい感じのするデコレーションでした。
私も大阪を離れてしまって、安井さんのお名前も見なくなったなぁ、引退しちゃったのかなと思っていたのですが、50歳の若さで亡くなられてしまったんですね。。。
生きていらしたら、まだご活躍だったかも?と思うと、本当に残念です。

思いがけず、ふと見た番組で安井さんのことが知れて、嬉しかったです。
安井さんのケーキを見ていた頃は、自分が同じ仕事に携わるなどと思っていなかったので、ボンヤリとしか見ていなかった。
もっとちゃんと、見て、味わっておけば良かったな。

でもこうして何十年経っても、安井さんのケーキを憶えているのですから、すごいことです。
ご本人に伝えたいな。念じれば伝わるかな。
仕事って、日々の積み重ねだけれど、そして目に見えて評価される仕事は少ないけれど、こうしてどこかで誰かの記憶になる仕事は、これに限らずたくさんありますね。
自分にはわからなくても、どこかで誰かの役に立っているって、なんて励みになるんだろう。
実際立っているか立っていないかなんて、この際どうでもいいや。
立ってるんだと思い込んで、明日からまたガンバロウ。
安井さん~、あなたはすごい人ですよー。
こんな活力まで、私にくれました。
ありがとうーー。

by cssucre2 | 2011-12-12 12:10 | 雑感

あっと言う間の夏

暑い暑いと思っていたら、先週は涼しいどころか寒くなってしまいました。
夏掛けでは寒くて耐えられず、羽布団を出しました。
ふかふかぬくぬく、これって8月じゃないよなぁ。

ちょっと更新が滞っているという自覚はあったのですが、開いてみると1ヶ月ぶり。
自分でもびっくりです。
お盆に家族が集まったりしたので、ちょっとバタバタしたり、いろいろ楽しかったり、旅行のアルバムを作ったりしているうちに、夏は過ぎようとしています。
久しぶりにアルバム作りをしたら、なんと60ページにもなってしまい、それにもびっくりでしたが、もっと驚いたことは、このアルバムに少なくとも100枚以上はスクラップブッキング用のペーパーを使ったはずなのに、全く減った感じがない…。
一体うちには、どれほど紙があるんだ?と、少し反省しました。
しばらく紙は買いません。
宣言しておかないと、買ってしまいそうなので(笑)。

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すごーく久しぶりに、自家消費のためにチョコレートケーキを作りました。
自家消費って、なんかどこか気が緩む(笑)。
とりあえず、クリームてんこ盛りです。
たくさん食べてくれる人がいるって、嬉しいことだね。

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ちょっと秋の気配がしてきているので、和の香りのお菓子を。
なぜ、秋=和なんだ?とか聞かないでください。
単にイメージよ。イメージ(笑)。
黒ごまたっぷりの型抜きクッキーですが、型は和風の抜き型を。
左から、扇面、千鳥、瓢。
他に、小判と三味胴という型もあります。
三味胴ってのは、正方形のちょっと膨らんだような形。
三味線の胴の部分の形、なんだそうです。

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こちらは、あずきスポンジに抹茶クリームの完全?和スウィーツ。
完全って何だ?!
でも、香り付けはブランデーを使っています。
小豆とブランデーって、合うのよねー。
ぽってりとまぁるく、クリームを絞ってみました。
名前は「若草山」だよ。


今週の月曜日(22日)に、私のシュガークラフトの恩師である、稲田和子先生が亡くなられました。
まだ、シュガークラフトが日本で全く認知されていない時代からイギリスに渡って、国内での普及に努められた第一人者です。
20年前、初めて恵比寿の先生のスタジオに伺ったときのことを、今も鮮明に憶えています。
先生には、たくさんたくさん、いろんな事を教わりました。
昔は厳しい先生で、よく叱られましたし、怒らせてしまったこともありました。
でも、叱られても怒らせても、しばらく経つと何事もなかったように接してくださるので、私も言いたいことを言って、我が儘し放題だった気がします。

イギリスにもアメリカにもご一緒しました。
お茶目なところもある方で、ラスベガスのコンベンションに参加したときはホテルが違ったのですが、深夜突然部屋に電話があり、「今、あなたのホテルのフロントにいるから、カジノを付き合って頂戴!」などと言われます。
私がビデオポーカーでお茶を濁そうとしていたら、「あら、私はテーブルゲームをやりたいのよ」と宣い、ブラックジャックがなかなか終わらず真夜中にタクシーで送り届けたりもしました。
ここ数年はなかなかお目に掛かる機会がなく、でもこの6月にもフェイスブックでメッセージを下さったときに、なんだかちょっと先生らしくない気弱なことを書かれていたので、あー、お電話しなくちゃー、と思っていたのに、ついついそのままになってしまいました…。

今週はシュガーのレッスンが多く、昨日は松本調理師製菓師専門学校さんでクラスをさせていただいたのですが、若い生徒さんたちに説明をしながら、
「先生、こうして若い人たちが、シュガーを学びたがってくれてますよー。」
と、心の中で報告をしていました。
生徒さんたちに先生のお話をしたときに、こうして今、私がシュガーのお稽古をしていられるのも、先生が基礎を手ほどきしてくださったお陰だと思うと、不覚にも涙ぐんでしまった。。。
家庭や子供を持ちつつ、今の仕事をしていた私に、先生も同じように子育てをしながら勉強を続けて来たときのことなど話してくれ、励まし続けてくださいました。
あの頃、どれほど力になったか知れません。

今週は、いろんな事を思い出しては悲しくなってしまって元気がなかったのですが、こんなことではまた叱られます。
元気を出して、一生懸命お稽古しなければ。
先生、今まで本当にありがとうございました。
先生の行動力、バイタリティ、旺盛な好奇心、そして笑顔。
決して決していつまでも忘れません。
私も頑張ります。なので見ていてね。

そんなことを思いながらの、夏の終わりです。

by cssucre2 | 2011-08-25 21:28 | 雑感