ちいさなしあわせ

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友人のうちに遊びに行ったら、母上のお友達が作ったという、フルーツトマトの白ワイン煮を出してくれた。
フルーツトマトの皮を1個ずつ剥いて、ほんのりと甘く、ワインの風味もあり、そしてちゃんとトマトの味がする。
食べてみるまでは、なんだか不思議な…と思っていたが、なかなかのお味で、アミューズにも八寸にもなりそうで可愛い。

私の友人は、まぁ同年代なのでそれなりの年であり(笑)、その母上とお友達はもう80歳を過ぎている。
母上は最近、少し体調を崩されたが、お友達はとても元気で、自転車に乗って野菜を届けてくれるとのこと。
年を重ねても、そんな風に元気でいられるのは羨ましい。
私など鍛え方が足りないので、その年になって元気でいられるかどうか自信が全くない。
友人と、ストレッチをやらなくちゃ、と言っていたら、それは「ストレッチ」ではなく、「スクワット」だった。
既に危うし!

先週末、所用があって大阪に行って来た。
往きの飛行機からは、槍・穂高のアルプスから富士山までくっきり見え、白い冠を被った山々を見て、ああ、自然っていいな。山はなんて美しいんだろうと、心から思った。
それなのに、夕暮れ、雑踏に紛れてターミナル駅前の歩道橋の上を歩いていると、なんだかとても楽しい気持ちになった。
私はやっぱり、街が好きだと、その時思った。
ごみごみしていて、ちっともきれいじゃなくて、空気も悪く、人が多くて狭苦しい。
それでもやっぱり、年を取ったら、大阪でなくても構わないけれど、街に住みたいと思った。
その後、夕方のラッシュの電車に乗った。
ぎゅうぎゅう押されながら、挟まれたバックを引っ張って一息ついたとき、歩道橋の上であんなふうに、どこがと言うのではなく「いいなぁ」と思ったのは、もしかしたらノスタルジアというものかも、と気付いた。

それは、土地や場所に対するものではなく、自分の若かった時間、その時代や当時感じていた気持ちへのノスタルジア。
大人にはなっていても、まだまだこれから先に、何が起きるかわからない。
そんな期待やドキドキ感。
ふと、そんな気持ちは少しずつ、薄れているんだと気付かされた。

でもね、いくつになっても将来はある、というのを標榜してきたのだから、そんな無意識に入り込んだ諦念のようなものは、この際どこかに追いやってしまおう。
80過ぎて、フルーツトマトをワインで煮てみようという感性を、その時に持っていられるように頑張らないと(笑)。

きれいな緑色のスナップエンドウを茹でた。
ちいさなサヤの中にぷくんと膨らんでいるお豆って、とても可愛い。
甘くてシャキシャキしたエンドウを食べて、ああ、なんて幸せなんだろうと思った。
生活は、毎日ちいさなしあわせが詰まっている。
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by cssucre2 | 2007-03-07 19:39 | 雑感