靴屋さんのこと

毎朝、NHKの連続ドラマを見るのが習慣になっています。
朝ドラの『べっぴんさん』を見ていたら、今週は靴屋の麻田さんの話で、小さい頃のことを思い出したり。。。やだわ、年かしらね(笑)。

私が幼い頃、父はいつも靴屋さんで靴を作ってもらっていて、私はくっついて一緒によく行っていた。とは言え、私自身はさくらちゃんみたいに靴を作って貰ったことは、残念ながら一度もない。
父は靴を誂えていたけれど、別にお洒落だったわけでもお金持ちだったわけでもなく、たぶん足が小さかったからだと思う。当時は既製品の靴のバリエーションが少なくて、合う靴がなかったんじゃないかなぁ。
実家は紳士服屋だったので、ぴたりと身に合った背広はおそらく父には制服のようなもので、それに合った靴も必要だったのかもしれない。

父の御用達(笑)の靴屋さんは、アサヤさんのようにカッコ良くもなく、おしゃれな店でもなかった。作業場と一体化したような小さな店で、頼まれて仕上がった靴と、靴墨やブラシを申し訳程度に並べていただけのような靴屋さんだった。
机の上にはいつも、逆さまになった足型やいろんな切れ端の(にしか見えなかった)革があった。
父は靴を頼みに行く時以外も、よくそこに行ってお喋りをしていた。私はそれにくっ付いて、何をするともなく、靴作りの道具を眺めたり、革の切れ端を拾ったりしていた。
靴屋のおじちゃんは、父と同じくらいか少し年上だったかも知れない。いつも指先が黒くなっていた。そして髭面だった。

小学校にあがる少し前、一度だけ、ひとりでその靴屋さんに行ったことがある。
生まれて初めての腕時計を買って貰って、嬉しくて、それをはめてあちこち歩き回っていたのだった。
顔見知りの靴屋さんの前を通ったので、「おっちゃん、見てぇ」と自慢気に腕時計を見せたら、「ひゃあ、嬢ちゃん、よろしなぁ。こんな時計持ってはるの、嬢ちゃんくらいでっせ」と大仰に褒めてくれた。

私は商店の子だったので、近所の人々は私がどこの子かを知っている。
でも、名前までは知らなかったり、憶えていないことが多く、そのときは一様に「嬢ちゃん」という呼び名で済ますのだ。
靴屋さんは商店街から少し外れたところにあった。商店主は、屋号で呼ばれることが多い。本当の苗字を知らないことも少なくない。
父と一緒にしょっちゅう行っていたせいか、私にとって靴屋さんは、屋号ではなく「Mさん」という名を持つ人だった。でもMさんにとって私は、名前を憶えていない「父の娘」でしかなかったらしい。
幼いながら瞬時にそれを悟って、時計を褒められた嬉しさとともに、少し淋しくなったことを憶えている。

学校に上がるともう、父と一緒に靴屋さんに行くことはなくなり、そして気づいたらいつの間にか靴屋さんはなくなっていた。
移転したのか、店を畳んだのか、誰にも聞かず終いである。私自身もずっと忘れていた。
なのに、今週のアサヤさんのシーンで、もう半世紀以上も前のことを突然はっきりと思い出す。しかもそのときの感情まで。人間の記憶って、なんて不思議なものだろう。
子どもの頃の記憶を素直に懐かしいと感じられるのは、人にとって何よりも幸せなことだ。そんな記憶を与えてくれた親や周囲の人たちに感謝しなくてはと、この年になってつくづく思う。



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これは、ドラマでの『キアリス』のモデルである『ファミリア』のベビー食器。お皿とボウル。私の子どもが小さい頃使っていた。
2年ほど前に食器棚の奥から出てきて、親となった昔の持ち主に送った。カップもあったはずなのに行方不明。
送る前に記念にと携帯で撮った画像なので、真俯瞰に重なっていて良くわからない。もうちょっとちゃんと撮っておくんだったわね。今度子どものところに行ったら、撮り直そう。

ふと思いついて、ファミリアの食器を検索してみたら、形は変わっていたけれど、クマやヒヨコの柄は今も同じだった。すごい。
いいものは使い続けられるということだね~。
私の作るものは、食べてしまえばすぐに消えてしまうものだけれど、そうね~、配合は残るね。
何十年か経っても、作りやすくて美味しい配合は、私のノートにいくつあるかな?
そう考えると、身の引き締まる思いがする。
まだ遅くはないね。そんな配合をひとつでも多く残せるようにガンバロウ。





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by cssucre2 | 2017-01-11 01:05 | 雑感