安井さんのこと

土曜日の夜、出先のホテルで何気なくTVを見ていたら、安井寿一さんのことをやっていました。
とてもとても懐かしい名前。
安井寿一さんと言えば、今はなきホテルプラザの製菓長。
今だったら、シェフ・パティシエなんていうんだろうけれど、安井さんにはやっぱり「製菓長」という名前が似合う気がします。

私は知らなかったのだけれど、日本で初めてチーズケーキを作ったのは安井さんだったらしいのね。
万博の前年、大阪に赴任してきた安井さんが、ドイツのケーゼクーヘンのレシピを見て、いろいろ試行錯誤しながら作り上げた、という話です。
ひとつのお菓子を作り上げていくまでには、いろんな山あり谷あり。
あれこれ試して考えて、また試して、ということを幾度となく、今も私もやっています。
そのせいか、なんだかしみじみと胸に感ずるものがありました。
この頃はお菓子教室もたーーくさんあって、しかも専門のケーキ屋さんが開く菓子教室も、パティシエの書く本もいくらでも手に入る時代です。
材料もネットでちゃちゃっと検索して、ボタンをぽちっと押せば、あっと言う間に届くし。
試行錯誤なんてあまりしないでも、マニュアル通りに作ればソコソコのものが出来ちゃう。
なんていい世の中になったんだろう!と思うと同時に、こんなに苦労しないでいいのか?なんて、ちょっと思ったりするのは、もうトシヨリってことかしらね?(笑)

1970~80年代にかけて、私は安井さんの本にたくさんお世話になって、お菓子作りの楽しみや難しさを学んだ気がします。
私が小さい頃、デコレーションケーキといえばバタークリームのもので、ピンクと白のバラが載っていて、アラザンがパラパラと振りかけてありました。

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なんと、これは私ですのよ。
私にだって、こんな可愛いときがあったのさ(笑)。
1962年、まだ東京オリンピックの前よ~。
アルバムに、糊で貼り付けてあったのでアルバムごとスキャンしました。
かなりわかりにくいですが、バタークリームの上に(たぶん)赤いドレンチェリーが載っています。

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これはその翌年、兄の誕生日ですが、チョココーティングのケーキです。
子供はチョコが好きですからね。
そして、大きくなってくると自己主張が出てきてリクエストするので(笑)。
スポンジ台をうすーくバタークリームで覆った後、洋生チョコ(コーティングチョコ)を掛けたやつです。
今もあるのかな?懐かしい。
お誕生日のプレゼントは、地球儀だったらしい。

60年代はこんなケーキばかりだったのに、1970年、万博と同時にケーキが激変しました。
まず、冷蔵設備・輸送が充実されたせいか、生クリームの苺ショートが現れた!
そして、なんだかお洒落な、ほそーい線のチョコで絵や字を描き、色とりどりのジャムで飾った、いわゆる平面仕上げのケーキを売るお店が出てきた!
70年代になると私達も大きくなったせいか、誕生日の写真がありません。
大きくなって、写真を撮らせなかったのかもね?
まぁそんなもんよね。
今の私は自分の写真より、ケーキの写真がないことのほうが残念だけれど。

自分でお菓子の本を買うようになった70年代後半以後、このデコレーション、可愛いな、素敵だなと思うと、そこには必ず安井さんの名前があったことを憶えています。
安井さんのケーキは、空間をうまく使っていて、それでいてスタイリッシュ過ぎない、なんだかふんわりとした優しい感じのするデコレーションでした。
私も大阪を離れてしまって、安井さんのお名前も見なくなったなぁ、引退しちゃったのかなと思っていたのですが、50歳の若さで亡くなられてしまったんですね。。。
生きていらしたら、まだご活躍だったかも?と思うと、本当に残念です。

思いがけず、ふと見た番組で安井さんのことが知れて、嬉しかったです。
安井さんのケーキを見ていた頃は、自分が同じ仕事に携わるなどと思っていなかったので、ボンヤリとしか見ていなかった。
もっとちゃんと、見て、味わっておけば良かったな。

でもこうして何十年経っても、安井さんのケーキを憶えているのですから、すごいことです。
ご本人に伝えたいな。念じれば伝わるかな。
仕事って、日々の積み重ねだけれど、そして目に見えて評価される仕事は少ないけれど、こうしてどこかで誰かの記憶になる仕事は、これに限らずたくさんありますね。
自分にはわからなくても、どこかで誰かの役に立っているって、なんて励みになるんだろう。
実際立っているか立っていないかなんて、この際どうでもいいや。
立ってるんだと思い込んで、明日からまたガンバロウ。
安井さん~、あなたはすごい人ですよー。
こんな活力まで、私にくれました。
ありがとうーー。
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by cssucre2 | 2011-12-12 12:10 | 雑感